短 歌 作 品 集

 

          〜 加 奈 陀 旅 歌 〜 

  

  

   

   

   

   

   

   

                 

  

   

   

   

   

   

 

  

       web拍手 by FC2

 

Copyright © コウノ コウ

 

        

  

 

 

  

  

   「永遠」とは「記憶」・・・

   英語の "memory" には「記念」「追憶」「記憶」の意味があります。

   1988 年には大切な身近な人達を多く失いました。

   1月には母親、4月に恩師、7月と10月には二人の友が、12月には妹が「永遠」に

   旅立ちました。

   この歌集の冒頭には、追悼の意味を込めて詠んだ歌を載せております。 

   また、1989 〜1992年に『短歌』誌、『週刊文春』及び『短歌研究』に発表した

   計 72首をまとめてみました。

   カナダへの出張は初めてであり、折々の歌も比較的多くできたので、この歌集の

   題名を『加奈陀旅歌』としました。

       〜 加 奈 陀 旅 歌 〜              

   < 永 遠 (1988年)>           

   冬木立悲しむ如く黒くあり棺の母を車に乗せし

   山の墓地鴉のいつも鳴いていて萩の花散る色薄くなりて

   けさよりの雨を溜めたる菊の花重く垂れたり母の墓前に

 

   < カ ル ス ト 台 地 平 尾 台 (1988年) >

   友逝きて九月の末の野原には曼珠沙華の花限りなく咲く

 

   < 国 東 半 島 冬 景 色 (1988〜9年)>

   こがらしの行きどころなく海へ出て河野水軍の海に消えたり

   冬の海母なる海の凪ぎわたる鷗となりて還れ妹

   冬の海母なる海の波白し鷗となりて帰れ妹

 

   < 息  子 (1989年) >

   鮒あまたゐる小川に吾子糸たれればどんこ一匹つれて帰りぬ

 

   < 娘 (1989年) >

   吾が庭に向日葵の花一つ咲き幼児の声は黄色に染まる

 

   < ア メ リ カ の 砂 漠 探 求 (1989年) >

   サグワロの砂漠サボテン花咲きて蜜吸いに来る闇の蝙蝠

 

   < 倉  敷 (1989年) >

   美術館出ずれば川沿いの秋祭り橋から橋へ踊り輪となる

 

   < 田 園 風 景(1989年)>

   立葵咲く夕暮れの帰途にして茜雲見て花に触れたり

   畦道の曼珠沙華には霜降りて炎消えゐる如き淋しさ

 

   < 現 代 学 生 気 質(1989年〜90年)>

   一限目私語しおる女生徒叱りしあとの冷めたる講義

   体育科の学生あまた咳しおり講義の吾は風邪をうつさる

 

   < 北 九 州 市 近 景(1989〜90年) >

   モノレールの駅近くにはむきだしの鉄骨が組まれゆく年の瀬の空に

   菜の花の堤防に咲く昼時に白き車のあまた走り行く

 

   < 前  庭 (1990年) >

   しあはせはかく美しきものならむ雪中に咲く紅白斑の薔薇

   鉢植えのスイートピー一輪花咲けば吾娘の喜び赤き花にて

   ゼラニウムはトルコ王妃の如く咲きと言いしはかのエミリ・ディキンスン

   ロングフェローの英訳『神曲』読み終わり師走薔薇咲く赤き大輪

 

   < た ま つ ば き (1990年) >

   たまつばき静かに匂ふ朝のうちそなえてみたり母の墓前に

 

   < ハ ワ イ ・ オ ア フ 島 (1990年) >

   沈みゆくハイビスカスに影ありて亡き妹想い胸の痛みて

   バスに乗れば老人子らに席ゆずる明治の精神生きているハワイ

   亀多き動物園の花赤くプリメリアというハワイの花よ

   < カ リ フ ォ ル ニ ア 大 学 バ ー ク レ ー 校 (1990年) >   

   キャンパスにローラースケート乗り入るる若者の夏カリフォルニアの夏

   大理石の白き階段降りて来るローラースケートの青年の夏

 

   < エ ミ リ ・ デ ィ キ ン ス ン 生 誕 地 (1990年) >

   虎杖の白き花咲くアマストはクラーク先生新島襄の地

   おおばこの押し葉を好むエミリの家の中みたり五ドル払いて

   いたどりの花薹たちてアマストの夏果てにけり旅にしあれば

   エミリの墓に詣でて「百年後」口ずさみおれば駒鳥鳴けり

   車前草を押し葉となせしエミリの屋敷に来たり車前草の夏

 

   < カ ナ ダ ・ モ ン ト リ オ ー ル (1990年) >

   石榴の実あまた店先に並ぶれど買う客のいぬモントリオール秋

   実石榴のモントリオールに売られ居て買ふ者なくて冬となりたる

   秋の日にマウント・ロヤル越えゆけばななかまどの実熟れて明るき

   モントリオールにスパイダ・フラワーの花匂い秋たけにけり旅にしあれば

 

   < カ ナ ダ ・ ト ロ ン ト (1990年) >

   黒栗鼠のさかさにとまり吾を見るトロント大学紅葉の秋

   キャンパスに赤きメイプル散りており黒栗鼠かけるトロントの秋

   わが宿は「旅路の終り」という名にてメイプル紅葉トロントの宿

   トロントの旅路にあれば赤き雨メイプル濡らす秋の薔薇をも

   トロントの広きキャンパス栗鼠の居て呼べば寄り来るメイプルの下

   トロント「旅路の果て」といふ宿にメイプル紅く時雨降りおる

   トロントの大学図書館裏庭に蟋蟀鳴きて秋は終りぬ

   ヒューロン湖より吹きつける風寒し旅にしあれば楓葉の散る

   チャールズ・G・D・ロバーツのソネットを今日は読みたりトロントに来て

   トロントに秋来たり居て赤かえで燃ゆるキャンパス栗鼠走りおる

   蟋蟀の一匹すだく芝生には闇の降り来て寒きトロント

   オンタリオ湖より風強しトロント九月すでに冬にて吾の夏服

   トロントの至るところに書店あり英訳俳句の書籍手に入る

 

   < ナ イ ア ガ ラ 瀑 布 (1990年) >

   ナイアガラ白き 布を背景に赤きカンナの燃えてゐる秋

   公園にスパイダ・フラワーの花匂ふはるか向こうにナイアガラ滝

 

   < ナ イ ア ガ ラ 植 物 園 (1990年) >

   ナイアガラ植物園に蜂鳥の飛びかふ秋に吾は来にけり

 

   < 妹 三 周 忌 (1991年) >

   悲しみは師走の月の終りにて逝きし妹追悼三度

   テニスンの「砂州を越えて」を亡妹に読んでやりたい海にむかひて

 

   < キ ャ ン パ ス 風 景 (1991年) >

   咳こみて立ち止まりたる坂の道寒椿の花炎えてゐる暮れ

 

   < 娘 (1991年) >

   妻買ひししじみ貝の中たにし一つ娘喜ぶ「たにし長者」と

 

   < 戦 時 を ふ り 返 り て (1991年) >

   たんぽぽのわた飛んで行く海の中鷗となりて還れ兵士ら

 

   < 水 槽 の 亀 (1991年) >

   長男の食べ残しし ししゃも食う青亀太りて水槽たたく

   盆前に子供らと妻里帰り吾は青亀にえさをやりをる

   青亀の冬眠したる納屋の中土にもぐれぬ小亀気づかう

 

   < バ ケ ツ の 鮒 (1991年) >

   バケツには鮒が一匹影動き淋しかりけり冬に入りつつ

 

   < 筑 豊 風 景 (1991年) >

   香春岳石灰の肌白くして稲田にはげし緑の雨は

   苗植ゑし田圃の緑に紫陽花の紫淡し青き日の降る


   < 吾 が 庭 (1991年) >

   夜はやさし庭の乙女ら踊りゐる白くぼんやり花壇を渡る

 

   < 志 井 寿 陵 (1991年) >

   クリスマス・イヴに供えし寒菊をかたづけてゐる墓地清掃婦ら

   山の墓地山茶花はらはら散りにけり寒鴉一羽鳴きて淋しき

 

   < 亀(1992年) >

   青亀の水槽の水換えおれば降る雨やさし甲羅の上に

   七月の朝雨降れば水溜まり駆けるうれしき大亀小亀

 

   < ア メ リ カ 国 民 詩 人(1992年) >

   ロバート・フロスト生れたる日一八七五年三月二十六日

 

   < 山 河 (1992年) >

   河と野を皓々と月照らしおる夜のしじまにこおろぎすだく

 

   < ア ー ネ ス ト ・ ヘ ミ ン グ ウ ェ イ (1992年) >

   アーネスト曰く「戦争に・・・・・・ろくな理由もなく犬の如死ぬ」