短 歌 作 品 集

 

          〜 欧 米 絵 葉 書 歌 〜 

  

  

   

   

   

   

   

   

                 

  

   

   

   

   

   

 

  

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   『燔祭』(1978〜1982年)、『山河』(1979〜1983年)に載った141首をまとめました。

   欧米に研究出張や研究発表に行った際の印象を絵葉書で母に送っていたので、

  『欧米絵葉書歌』 としました。

 

       〜 欧 米 絵 葉 書 歌 〜      

 

   < スウェーデン(1975年)>         

   枯葉舞うウプサラの構内の赤きダリアはスウェーデンの乙女

   博物学者のダアールにちなみし花ダリア スウェーデンの駅毎にある花

   北欧の肌白き貴婦人白樺のすらりと立ちしウプサラの岡

   ウプサラの岡の落ち葉の散る中に薄日を浴びてたんぽぽ咲けり       

   ヴァイキング船出せしといふこの入江落つる夕日に鴨群鳴く

   枯草を吹く風寒き王の墓円盤墳墓ガムラ・ウプサラ

   乳色の夕霧の中に我が聞きしストックホルムのやさしき鐘の音

   

   < イ タ リ ア (1975年)>

   夾竹桃花色錆びしフォーラムの古代ローマに秋風の吹く

   廃墟のコロシアムは野良猫の数多住みつく猫の領国

   訪ひくれば秋雨けぶるイタリアのピサの斜塔に鴉鳴くなり

   物乞ひのフィレンツェ娘の黒髪はしぐれの雨にしづくしてをり

 

   < フ ラ ン ス (1975年) >

   ルーブルの庭の歌壇にマリーゴールドの黄炎となる秋の深まり

   

   < イ ギ リ ス (1975年)>

   ワーズワース住みたりしダヴ・コテッジ入り口のななかまどの朱き実の色

   かさこそとぶなの木の葉の散り急ぐウィンダミアに夕闇降りて

   ハーディ眠れる墓地は霧こめて一位の梢に小鳥の声す

   紫陽花の錆びたる色に咲くのみのハーディ生家の庭に霧降る

   エイヴォンの静けき水面に白鳥の一羽浮きたる秋の夕暮れ

 

   < ハ ン ガ リ ー (1976年) >

   ドナウ河の河畔に白き雛菊の絨毛拡がり夏盛りなり

   ドナウ河の岸辺に立てる将軍の像の足元雛菊群れ咲く

   マルクスの名をたたへつつ社会主義国家の国際学会始まる

   こんなにも大きな日本人もいるのかと我を見てゐるハンガリー娘

   ロンドンの地下鉄よりも深きドナウ河底の下を電車は走る

   昼間買ひしビールをひとり飲みて居りハンガリーの宿の夜ふけの部屋に

   ハンガリー動乱の跡生々しこの建物のしるき弾痕

   地下倉のレストランに来てジプシーのヴァイオリン聴きワインを飲みぬ

   ハンガリードナウ河畔の古き城たもととほりをれば日は翳り来ぬ

   大いなるドナウの岸の雛菊の咲きて枯れゆき時は過ぎ行く

 

   < フ ラ ン ス (1976年)>              

   老人の静かに伸べし掌のクッキーに群れて雀らとまる

   髪長くジーパンはきて物食べつつパリー歩くは日本青年

      

   < イ ギ リ ス (1976年)>

   ホクシャ花スカートを翻し踊りをる踊り子の如ウィンダミアに咲く

   踊る如ホクシャの花の咲く庭に鴨が群れて降りて来にけり

   きらきらとウィンダミア湖の白き波笑うが如く岸にたわむる

   白樺の林の中を汽車進み海に開けてインヴァーネス駅

   城岡にビキニ娘の昼寝するスコットランドのインヴァーネス

   平原のストンヘンジの入り口のアイスクリーム屋の繁盛の夏

   原始人(ドルイド)の聖堂なりしストンヘンジに陽炎立つ日天は翡翠色

   夕闇の刻々迫り照明に浮かぶ黄金のカンタベリー寺院

   カンタベリー寺院前のパブに入りエイル飲みたり旅の終わりに

   渚には白き足洗う母の如波寄せておる夏の海若く

   

   < 米 国 ・ シ ア ト ル (1979年)>

   フェリーボート降り立つ岸に合歓の花朝日に映えてつややかに咲く

   八月のシアトルの海辺絹の如き薄桃色の合歓の花咲く

   ヘンリィとローレインも二女の父母となりたる十年立ちて

   ワシントン州花石南花八月の植物園に咲き残りたり

 

   < タ コ マ 富 士 >

   タコマ富士眺めつビール飲みおればチップモンクの近寄りて来る

   タコマ富士麓の原のルピナスに蝶の眠れる八月の昼

   タコマ富士麓の花畑蜆蝶とまりしずかに眠れり

   

   < ポ ー ト ラ ン ド >

   道のべの山人参の白き花数多咲きゐしポートランド夏

      

   < ウ ィ ス コ ン シ ン 州 ミ ネ モ ニ ィ の 町 >

   夜十時バス停に迄来てくれし我が友トムとの十年ぶりの再会

   トムと呼びし友も今は白髪の主任教授ドクター・ニネマン

   奥さんのキャロライン石南花の如十年前と変わることなし

   折鶴をマーガレットに教えれどむつかしかりし小学三年生

   石南花の満開のそばトムの抱きし赤ん坊今はテレビ見いる四年生

   ミネモニィ菜園に来て我がもぐは黄の瓢箪の如き南瓜なり

   スクワシュという南瓜日本のものと異なりたるをしげしげ眺む

   さよさよと玉蜀黍の葉の揺れるウィスコンシンの青き微風

   青豆と人参とを生のまま我も食べたり車の中で

   科学館で見たる映画「飛ぶ」我ら皆飛行船に乗る如き錯覚

   お面つけしトミィとマギーの戯れしところ母親は写真撮りたる

   雨の中ニネマン一家見送りくれしミネアポリス空港迄

   空港でニネマン一家写真に撮りたる時は空も晴れゐて

 

   < マ ジ ソ ン の 米 国 俳 人 と 共 に >

    道のべにレースの如き花数多咲く中西部を車走らす 

   鴨料理食べ外に出ずればクイーン・アン・レースの原に月は昇りて

 

   < シ カ ゴ >

   噴水のむこうに見えてミシガンの湖上のヨットの白帆まばゆし

 

   < パ ー デ ュ ー・ キ ャ ン パ ス >

   キャンパスの野生林檎に日は光り駒鳥鳴きて夏休みなり

   野生林檎赤くうれゐてキャンパス森閑たるパーデューの夏

   樹に雲のかかりたる如しキャンパスのコトンウッドの綿の花咲きて

   訪ひくれば家主の夫人亡きを知る野生林檎の赤き八月

   訪ひくればシューバート夫人亡くなりて隣家のマリーゴールド炎えてをるなり 

   十年は待ち遠しいとささやきしシューバート夫人あの時八三歳なりき

   シューバートがロビンソンと名札変わり裏庭けずられ車庫となりゐき

   夏の日よ君死に給ふ悲しかり君の声なほ耳に残るを

   大びんコークらっぱ飲みしては働きしジェーンの居りしコーヒー・ショップ

   ミルドレッド熊婆さんの怒鳴る声この家のどこかに聞こゆる如し

   さよさよと玉蜀黍の葉の揺れている青き草原はどこまでも続く

   沈む日を追いかけて我が車走るはてしもあらぬ玉蜀黍畑を

 

   < ハ ー バ ー ド ・ ス ク ウ ェ ア >

   ハーバード・キャンパスに大樹あれど蝉の声せぬ八月半ば

   カメラ盗まれし我の氏名住所をきまりの如くきくポリスマン

   盗まれしカメラあきらめその日の夕べボストン立ちてウィーンに向ふ

 

   < オ ー ス ト リ ア (1979年)>

   ワルツの王様ヨハン・シュトラウスの像の前写真うつりたるウィーンの夕暮れ

   『第三の男』の舞台のプラターの土曜日の夜人々の波

   轟々と音立て流るイン河にかかりてある橋インスブルック

   イン河の岸辺に沿いて雨の中歩いてみたり学会前夜

   インスブルック宮廷公園中央に人ら集まるチェスの遊びに

   六階の窓を開けば雨降りをるインスブルック八月の宿

   インスブルックの「黄金の屋根」にやさしき女神の八月細き雨足

   ベゴニアの白きが似合ふインスブルック白き光の雨の降りをる

   たまさかの夢見し夢も短くて異国の夢にゼラニウム匂ふ

   氷雪を頂く山の麓にはエーデルワイスの白き花咲く

   とねりこの朱き実に降る日の光アルプバッハの村は開けし

   

   < ス イ ス (1979年)>

   森閑たるルッエルンの朝澄み渡る湖の岸辺にゼラニウム咲く

   バイロンも渡りしと言ふ木の橋のケペル橋今我渡るなり

   チューリッヒの駅より湖まで街路わきに赤き花咲く花壇続けり

   夕光のチューリッヒ湖畔の青柳の下に群れつつ雁遊びをり

   湖畔なる日本人我を記念にとエジプト少女は写真撮りたり

 

   < ロ ン ド ン (1979年)>

   公園の木立の路の夕暮れて枯葉一枚ばさりと落ちたり

   

   < 佐  賀 (1981年)>

   凌霄花シャンデリアの如光りおる佐賀の夕暮れ散歩しをれば

   凌霄花二階の屋根までとどきいてシャンデリアの如路を照らせり

   三百五十歳の楠の樹々青々と町おおうが如く茂りおるなり

   博物館出れば眼にしむ楠青葉真夏の太陽ぎらぎら受けて

   朝日にきらら輝く楠青葉近くを通れば青葉匂へり

   堀沿いにくちなしの花匂いいて小さき虫等芯を吸いおる

   女学生らおしゃべりし行く栗の大樹に花下りおる

   蓮池のふちに集まる目高の群もの音すれば散りて逃げおる

   『次郎物語』の明治の商家の裏庭の蛇の目草我が眼を射たり

   あじさいの色は一色禅寺の木下闇に蒼く炎えいつ

 

   < 久 留 米 (1981年) >

   谷川の音のみ聞こえひっそりとひとりしずかの咲きてゐるなり

   葛の葉は木々にまきつき山を行く車の中に熱気こもれり

   真白なるききょうの蕾今咲きしかそけき音を聞きとめにけり

   

   < 大  分 (1981年) >

   帰省客満員の車中棚の上の籠の中にて猫鳴く声す

   久々に帰り来たりて故郷の百日紅白き町を歩めり

   ふるさとの丘の上の墓に詣でれば百日紅炎え蝉鳴きしきる

   たまりたる写真を整理する母の白髪のとみに殖えしと思ふ

 

   < 嬰  児 (1981〜2 年) >

   ショッピングカー引く妻とのぼり行く石榴の花の咲く坂道を

   母上の掘りて賜びたる蕗の根を都会の狭き庭に植えたり

   鳳仙花はじける音をきかんとて暑き狭庭に我は佇む

   寒木瓜の桃色の花開きゐて吾子生れたり師走の吉日

   すやすやと嬰児眠れる部屋の外紅梅の蕾開きつつあり

   久々に嬰児見に来し母の背のつとに曲りて髪の白かり

   大都市の小庭に群なる金柑を久々の母と我は食べおる

   年越して咲き続きおる金魚草に小雨降りおり春は来にけり

 

   < 気 管 支 炎 (1982年) >

   熱なくて咳のみの我を老医師は感冒と言いレントゲン二回撮りし

   感冒とみなせし医者十日経て気管支炎と言いおりし ああ

   明け方に息つまるほど咳こみて痰をはきたり胸は軋みて

   胸軋み突き上げ来たる咳々きて夜の長きは地獄と化して

   披露宴気管支炎病みながら斎太郎節歌い終りぬ

   子猫らを連れて親猫日なたぼっこ咳に驚き逃げてゆくなり

   集金人玄関戸開けたれば先に入りたる野良猫の顔

 

   < 乳 母 車 (1982年)>

   金魚草乳母車の吾子つかみ金色の花ちぎりとりたり

   乳母車せりおる坂道花石榴半ば硬き実垣よりこぼれ  

   乳母車せりおる道辺百日紅薄紅に光りおるなり

   

   < 法   事 (1982年)>

   百日草の紅海に黒揚羽の黒舟乗りいる長岩屋の里

   田舎駅にサルビアの朱炎え咲きて法事の酒に我が顔ほてり

 

   <  母  (1982年)>

   秋桜薄桃咲きて風に揺れ故郷遠く母は居ませり

   畑わきに露草の花露帯びて昔ながらに咲きておるなり

   故郷に胡麻の白花咲き盛り蜂はうなれど母は老いたる

   山椒の群なる小粒赤黒く母上つとに背の曲がれり

 

   < 一 九 八 二 年 八 月 十 五 日 >

   ダリアの花数多咲く公園に来終戦の日を思いうかべる