短 歌 作 品 集
| 〜 花 か く 美 し 〜 | ||||
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1986 年 6月より2000 年 11月までに『短歌』『週刊文春』『短歌研究』に掲載された 短歌を集録してみました。 母や妹のこと、カナダの旅愁、ニューイングランドを訪ねたことや、大亀のマイケルのこと、 学生への修士論文指導のことなど、多岐にわたって短歌を創ったことがわかります。 特に沢山の色々な花について、多く詠んでいます。 また母と妹の死は、つらい悲しい憶い出 として、歌となり残っています。
山茶花の赤の咲きおる生垣を通れば遠き田舎の母想ふ ホイットマンの歌ひしライラックの木植ゑたり光る星鳴く鶇 点滴の母の掌にぎれば我を見てかぼそき声で我が名呼びたる 日本語を留学生らに教える朝紫陽花の花青く美し 山あいに夕陽の落ちしグラスミア黄葉を踏めば凍てし靴裏 昼の間買いしビールを宿に居てひとり飲みいるブダペストの夜 ホクシャ花踊り子の如咲く庭に鷗の数羽舞い降りる夏 日本語をビルマの研修生に教えいる蟬の声激し睡き昼下がり 八月の十五日はわれの生れ日入院の母を訪ね来ており 虫の声りーんりーんとひびく夜フィレンツェの街の石畳を踏む フェリーを降りたる岸辺に合歓の花シアトルの夏を絹のごとく咲く さわさわとボート置き場に波寄せ来る秋雨煙るウインダミア湖岸 アルプスの氷雪かぶる山のもとエーデルワイスの白き花咲く 鶇鳴くグラスミアの一位の樹を夕日は染めて山に入りたり 桐の樹に鳥震え居てかさこそと樹の葉を落す寒月夜かな 椿花落ちし時のま輝けばふと想いおり戦死したる兄 入院の母を見舞えば哀しかり点滴の針を痛がりておる 点滴の注射の腕黒ずみて母の病みたる窓辺に雨降る 母逝きて寂もりの中白菊の冬はなびらに香の浮かびをる 母逝きて「コンドルは飛んで行く」なんとなく葬送曲にきこゆる音色 君子蘭薄青の花庭に咲く亡母好きし花天国の色 ひとの世のはかなきことも身近にて椿の花落ちてしばし輝やく 百日紅に蟬の鳴きおる昼下りプールの子等の声ひびきゐて 息子とチェスしておれば春夕暮れのインスブルックの公園想ふ 冬光に芒の影の乱れつつ入院の母の死は徐々に来る 去年ここに花見し母のすでに亡く桜芽ぐむ道海につづけり 桜見渡せる教室に留学生らに教える日本語「さくら」美し 「清滝や波に散りこむ青松葉」留学生ら理解する日本 十年ぶり訪ねしパーデュー大学の下宿の老婆すでに亡きを知る 日本語を留学生らに教える夏紫陽花の花青く露けし 庭先につくつく法師鳴いていて百日紅の花薄くなりたり 友逝きて九月の末の野原には曼珠沙華の花限りなく咲く 山の墓地鴉のいつも鳴いていて萩の花散る色薄くなり 冬の海母なる海の凪ぎわたる鷗となりて還れ妹 けさよりの雨を溜めたる菊の花重く垂れたり母の墓前に 鮒あまたゐる小川に吾子糸たれればどんこ一匹つれて帰りぬ 吾が庭に向日葵の花一つ咲き幼児の声は黄色に染まる 冬の海母なる海の波白し鷗となりて帰れ妹 サグワロの砂漠サボテン花咲きて蜜吸いに来る 一限目私語しおる女生徒ら叱りしあとの冷めたる講義 美術館出づれば川沿いの秋祭り橋から橋へ踊り輪となる 小サボテン点在するララミー郊外穴から出てくるプレリードッグは 立葵咲く夕暮れの帰途にして茜雲見て花に触れたり 畦道の曼珠沙華には霧降りて炎消えゐる如き淋しさ モノレールの駅近くにはむきだしの鉄骨が組まれゆく年の瀬に しあはせはかく美しきものならむ雪中に咲く紅白斑の薔薇 菜の花の堤防に咲く昼時に白き車のあまた走り行く 鉢植えのスイートピー一輪花咲けば吾娘の喜び赤き花にて ゼラニウムはトルコ王妃の如く咲きと言いしはかのエミリ・ディキンスン たまつばき静かに匂ふ朝のうちそなへてみたり母の墓前に 体育科の学生あまた咳しおり講義の吾は風邪をうつさる 黒栗鼠のさかさにとまり吾を見るトロント大学紅葉の秋 キャンパスに赤きメイプル散りており黒栗鼠かけるトロントの秋 虎杖の白き花咲くアマストはクラーク先生新島襄の地 わが宿は「旅路の終り」という名にてメイプル紅葉トロントの宿 亀多き動物園の花赤くプリメリアというハワイの花よ トロントの旅路にあれば赤き雨メイプル濡らす秋の薔薇をも 柘榴の実あまた店先に並ぶれど買う客のいぬモントリオール秋 トロントの広きキャンパス栗鼠の居て呼べば寄り来るメイプルの下 モントリオールにスパイダ・ウォルトの花匂い秋たけにけり旅にしあれば 沈みゆくハイビスカスに影ありて亡き妹想い胸の痛みし バスに乗れば老人子らに席ゆずる明治の精神生きているハワイ 悲しみは師走の月の終りにて逝きし妹追悼三度 実石榴のモントリオールに売られ居て買ふ者なくて冬となりたる トロントの「旅路の果て」といふ宿にメイプル紅く時雨降りをる ロングフェロウの英訳『神曲』読み終り師走薔薇咲く赤き大輪 咳こみて立ち止まりたる坂の道寒椿の花炎えてゐる暮れ 秋の日にマウント・ロヤル越えゆけばななかまどの実熟れて明るき トロントの大学図書館裏庭に蟋蟀鳴きて秋は終りぬ 冬木立悲しむ如く黒くあり棺の母を車を乗せし テニスンの「砂洲を越えて」を亡妹に読んでやりたい海にむかひて 香春岳石灰の肌白くして稲田にはげし緑の雨は 苗植ゑし田圃の緑に紫陽花の紫淡し青き日の降る 夜はやさし庭の乙女ら踊りゐる白くぼんやり花壇を渡る ナイアガラ白き瀑布を背景に赤きカンナの炎えてゐる秋 盆前に子供らと妻里帰り吾は青亀にえさをやりをる 青亀の冬眠したる納屋の中土にもぐれぬ小亀気づかう こがらしの行きどころなく海へ出で河野水軍の波に消えたり エミリーの墓に詣でて「百年後」口ずさみおれば駒鳥鳴けり 公園にスパイダワォルトの花匂ふはるか向うにナイアガラ滝 おおばこの押し葉を好むエミリーの家の中みたり五ドル払いて いたどりの花薹たちてアマストの夏果てにけり旅にしあれば ヒューロン湖より吹きつける風寒し旅にしあればトロント九月 ピッツァにはセブンアップが合うらしく店頭にあれば楓葉の散る チャールズ・G・D・ロバーツのソネットを今日は読みたりトロントに来て トロントに秋来たり居て赤かえで燃ゆるキャンパス栗鼠走りおる こおろぎの一匹すだく芝生には闇の降り来て寒きトロント 山の墓地山茶花はらはら散りにけり寒鴉一羽鳴きて寂しき ロバート・フロスト生れたる日一八七五年三月二十六日 車前草を押し葉となせしエミリーの屋敷に来たり車前草の夏 アーネスト曰く「戦争に・・・・・・ろくな理由もなく犬の如死ぬ」 水聖きウォルデン湖畔周りおれば雷鳴轟き雨の降り来る 声あげて泣かば驚きて目を開ける母かも知れず最期の訣れ ナイアガラ植物園に蜂鳥の飛びかふ秋に吾は来にけり 河と野を皓々と月の照らしをる夜のしじまにこほろぎすだく 大理石の白き階段降りて来るローラースケートの青年の夏 七月の朝雨降れば水溜り駆けるうれしさ大亀小亀 七キロの標石過ぎて道辺に野生朝顔白きに佇む ギリシャの独立のため戦つたおおバイロンよマラリアで死す 大亀のマイケル納屋に冬眠し愛犬アンディ我にじゃれつく 桜花掲示板に五六枚はりついてゐたり春雨の降る 大亀の水換へをれば白と桃の斑の薔薇十輪咲きてゐる 立葵真赤に咲きし道通る無人駅出て曇天の下 大亀のマイケルにえさやりおれば大きな目で我を見ている 大亀にいりこちぎりてやりたれば口大きくあけ受けて食べをる 水清きウォルデン湖畔に小屋立てし環境保護の先駆者ソローは エマスンの大理石墓に鬼百合の大輪光る夏にしあれば ああ我はプリマスの夏にしあれば一六二〇年の冬思いおる 水聖きウォールデン池畔に車前草の葉の濃き緑なつかしきかな 雨上がりコンコードにあればコスモスの淡き桃色光をこぼす 栗の木の椅子に腰掛け詩作せしロングフェローの時代良きかな 春雨に染井吉野はふふみゐるもみぢ公園にひとり佇む 点々とカルスト台地に羊群れ静かなるかなそよ風の中 ウォールデン池畔に佇ずめばとうとつに稲光りして太き雨脚 本詰めしかばんは股間の床に置き本さがしにて立読みしをる スノー・ボールの花咲き乱れ八月のアマストにあり夏たけにけり コンコード八月小雨に鳴きこもるふくろうの声墓所の林に 私語をする女子大生しかりたる朝の一限しらけたるなり 日没はこうもりの群れて鉱山より飛び出でて来る夕暮の地平 高原の町ララミーにリラ香り教会の鐘高らかに鳴る スタンレー公園の海沿いの道よたんぽぽのあまた咲きいし八月なりき 佐渡の俳人二月二十二日急逝と書翰とどけり六月十五日 思想あればおのずから詩の形式が出来てくると言ひしエマスン エマスンの眠る林にみみずくの鳴きてゐる夏雨降る夕辺 クリスマス・イヴに供へし寒菊をかたづけてゐる墓地清掃夫ら 水聖きウォールデン池に川かます稚魚の群居て吾になじめる あめんぼが蓮の葉陰に居るらしく波の輪のこぬ池の閑けさ 鬼百合の大輪一本手向けしよ大理石白きエマスンの墓 エマスンの墓所に詣でし八月はみみづく鳴ける小雨の夕 卒論にエマスン選ぶ学生の指導忙し師走の半ば 青々と草木広がる海原よ「自然論」の地エマスンの世界 ソロー好みしアメリカコガラ鳴きおりてウォールデンの森に吾も親しむ 木瓜の花散りしところをかぎをりてアンディ歩く春真つただ中 公園に子供らの声広がりて桜満開に咲きほこりをる リラの稚木の低き若葉を吹く風よ我は亀の水換へてをるなり 散歩すれば吾は犬の従者なりウンチ袋をポケットに入れて 立葵の花真盛りに咲きゐてシャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』を読む 金柑の白花咲きて八月十五日我は亀の水換えておるなり 修士論文にエミリ・ブロンテの「嵐が丘」選ぶ学生いて柿は熟す 修士論文指導のためブロンテを多く読みおり目は疲れいて 図書館裏銀杏の樹々黄葉して明るかりしよ夕陽を受けて レオとステラの出会いの祝福ヴァイオリンと火のついた蝋燭が宙を舞いいる 愛犬のアンディ連れて散歩する春の椿はまだ蕾の秋 ホーソンの墓にたむけし薔薇一輪霜月の夜に思い浮かべり 山茶花は図書館裏に咲き盛る師走の七日猫走り入る 椿の花一輪落ちて輝けば愛犬は嗅ぐ春の兆しを 冬の薔薇紅の花一輪をダックスフント食ひてしまへり 楠の坂登りおるキャンパスの定年坂と呼ばれる坂道 大亀の水槽に桜花弁浮いてゐたれば水換へを待つ 八重の薔薇鮮やかなれば引き寄せて香を嗅ぎたれば我燃え上る 松葉菊石垣から咲き誇る濃きピンク色の明るい花よ 朝七時蟬はじいじい叫べども亀のマイケル静かなりけり 百日紅また百日紅至る所咲きておるなり優しきピンク
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